[板橋七福神]

板橋七福神(いたばししちふくじん)
[ご開帳日]1/1~7 9:00~16:00
[歩行時間]約3時間10分
[歩行距離]約11.3km
[最寄り駅]都営地下鉄三田線「板橋区役所前駅」、西武池袋線「江古田駅」

※日時等は通年のデータとなります。状況によりご開帳や御朱印受付期間が異なる場合があります。

中山道の板橋宿からスタートして、板橋区・豊島区・練馬区を回るロングランコース。
ウォーキングを楽しみたい方向けの七福神巡り。

[板橋七福神のモデルコース案内]
板橋区役所前駅 0.4km/7分 →観明寺(恵比寿)0.9km/15分 →文殊院(毘沙門天)2.3km/40分 →長命寺(福禄寿)0.8km/13分 →安養院(弁財天)1.5km/25分 →西光寺(布袋尊)2.0km/30分 →西光院(大黒天)2.7km/48分 →能満寺(寿老人)0.7km/12分 →江古田駅

【恵比寿】観明寺(かんみょうじ)

恵美寿神

 恵比寿様がいるお寺として親しまれ、鯛を抱えた素朴な木彫り像が迎えてくれる観明寺。旧中山道に沿った仲宿商店街にあり、慶応元(1338)年に創建と伝わっています。ご本尊は正観世音菩薩(せいかんぜおんぼさつ)です。お江戸の板橋宿の寺として信仰を集め、明治初期には町の興隆のため千葉の成田山新勝寺の不動尊の分身を祀り、今でも「出世不動」として人気です。

【毘沙門天】文殊院(もんじゅいん)

毘沙門天

 参勤交代の大名の宿泊所である本陣です。江戸初期に板橋宿の本陣をつとめた飯田家の菩提寺で、古くから信仰を集めていた延命地蔵尊の境内を広げ建立されました。寛永2(1625)年開山、約200年後に全焼しました。再建後に赴任した住職は次々と大寺に転任し、「出世寺」と呼ばれました。本堂には本尊の文殊菩薩とともに、毘沙門天が奉安されています。

【福禄寿長命寺(ちょうめいじ)

福禄寿

 環七と川越街道から交差するところにある長命寺。信号を渡った小高い丘の上にあるため石段を上るが、このあたりは室町時代にあったとされる板橋城跡の一部という説があります。この寺院の過去帳開始が承応元(1652)年なので、創建は江戸時代前期と考えられます。ここの福禄寿は白木から渋い色合いに変化し、味わい深い表情をしています。

【弁財天】安養院(あんよういん)

弁才天

 長命寺を出て環七から道を斜めに入り、氷川神社を過ぎ、突きあたりに静寂に包まれた場所にこの寺院があります。開基は鎌倉幕府執権、北条時頼が諸国行脚の際に、持仏「摩利支天(まりしてん)」をこの地に安置し建立したことに始めるといいます。境内は樹齢300年以上のカヤの木もあり緑豊かです。琵琶を奏でる姿の弁財天が、お堂で人々を迎えてくれます。

布袋尊西光寺(さいこうじ)

布袋尊

 西光寺は、江戸時代初期に創建された観音堂が始まりといわれています。境内の「しろかき地蔵」は区内最古の石地蔵で、苦しむ農民を助けたという民話が残ります。明治3(1870)年には寺子屋を開かれ、上板橋に学校ができるまで子どもたちが通いました。布袋尊は正月期間、本尊の観世音菩薩像前でご開帳されます。豪快な笑顔と丸々したお腹を見せてくれています。

【大黒天】西光院(さいこういん)

大黒天

 西光寺を出て大谷口給水塔の先から細道を行き、迷いやすいので要注意です。信号を目印に進んだ先の住宅街にある西光院。過去帳によると創建は元和2(1616)年、本尊は阿弥陀如来。板橋七福神の像はまずこの寺院に奉納され、真言宗豊山派の各寺院に分けられました。大黒天は短足の愛敬ある姿で米俵の上にちょこんと立っています。

【寿老人】能満寺(のうまんじ)

寿老人

 板橋区から豊島区へ入り、練馬区にある能満寺へ。開基は元和年間(1615~1624)、本尊は不動明王。戦後、板橋区の一部が練馬区になり、かつての所在地名「北豊島郡上板橋村字江古田新田」を偲ぶものとして、板橋七福神が祀られました。ここの寿老人像はどことなく知性的で品があり、願いをたくさん祈願したくなります。

当日の情報はこちらからご確認ください。
[板橋七福神]詳細は 〉

ふるさと納税「ふるなび」